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歯周外科は是か非か
−歯周疾患とフィジオ・セラピー− 

デンタルエグゼクティブ,2(1):66〜70,1985

はじめに
 
過去24年問の歴史をもつC.D.C.では、年間活動テーマを決め、月例会でもそれを基調にしての研究発表、およびCasepresentationを行っています。また、年次総会では、その活動テーマを一層明確にして、総会のメイン・テーマを決定し、それに従って討議が行われてきました。
 これまでの活動テーマとしては、歯科医療の考え方に関するもの、治療術式に関するものの2つに大別されます。一般的には、テクニックの方に興味をもたれるかと思いますが、Dr.Pankeyの影響を受けたC.D.C.では、Philosophy of Dentistryについても多くとりあげられてきました。
 そして、今年の活動テーマは『philosophy』であり、総会のメイン・テーマは「歯科医療とは?今もう一度」と題されました。
何故、今わざわざ「歯科医療について」が、C.D.C.での話題にならなければならないのでしょうか。
 それは、今までのC.D.C.が確認しあってきたPhibsophyと同じ意味での取り上げられ方ではなく、むしろ、どうもそこには何か別の意味合いで、これまでの考え方とは全く違う歯科医療を探ろうとしているように思われます。
 事実、プランナーの安田公年先生の挨拶の中に、『57年5月〜6月にかけて、大磯にて片山恒夫先生のセミナーをC.D.C.全員が受講し、片山哲学に基づく30年に亘るケースの提示により、全員それぞれが深い感銘と衝動を受け、各先生方の歯科医療に対する取り組みも変ってきていると思われる』とあります。
 これまでのC.D.C.が、歯科医療についての考え方のべ一スにしていたものは、真鍋満太先生、L.D.Pankey先生をはじめとして、ミルウォーキー・デンタル・リサーチ・グループの考え方、ダリル・ビーチ先生の考え方等々ですが、それらを通しての22年の歴史をふまえた上で、片山哲学に接し、新たに深い感銘を受け、何かしら今までにない歯科医療への衝動にかりたてられたのです。 
 安田先生は続いて、『ここでもう一度、歯周疾患を通して歯科医療について討議してみよう』と述べています。
 その深い感銘と、今までにない衝動を背負いながら臨床の場にたち、約半年の実践を試みて、片山哲学の臨床応用における難しさを感じながら、その理解をより確実にし.それぞれの壁をのりこえるための2次セミナーをナ83年1月に開催していただきました。そして、その上にたっての1年半の臨床をここでお互いに提示しあい、討論してこそ、何に感銘を受けたのか、どのように衝動されてしまったのかを、明らさまにすることができると思います。このことから、新たな歯科医療活動の方向を見きわめていくことができれば『歯科医療を今もう一度』考える意義があるのではないでしょうか。そして、その点にこそ、創刊まもない本誌が84年度C.D.C.総会をと1)あげていく趣旨があるのでしょう。

     


1982年5月22日、C.D.C.での片山恒夫先生のセミナー


ケース・プレゼンテーション                                   

 
私が最初に片山歯研セミナーを受講したのは、’81年9月、10月の第1回大磯セミナーの時です。それまでの私の臨床は、学校教育で学んだこと、卒業後Dr.Beachに逢って教えていただいたこと等に基づいていましたが、その時は、片山先生の教えに対して、非常に大きな衝撃を受け、片山哲学を理解するというより、ただ、ハンマーでなぐられたような状態でした。その後、C.D.C.にこの衝撃を伝え、すぐに副例会としてとりあげてもらい、夕82年5月、6月に全員で受講しました。それでも、実践の場になるとわからないことばかりで、その後の片山歯研セミナーが開催される艇に、大磯へ足をはこびました。
 そして、白分自身の生き方としても、また、臨床活動としても、非常に強い影響を受けたのですが、それを十分理解し、臨床に生かすことはとても難しく、完全に生かしきれているわけではありません。しかしながら、片山歯研セミナー受講により、私の歯科臨床が大きく変ってしまったということは言えると思います。
 セミナー受講前は、診療活動の流れの中で、何かしらすっきりしない疑間のような、医療としての不自然さのようなことを感じていました。そして、その疑問はむしろ積み重なっていくだけで、なかなか解決の糸口がみつかりませんでした。

 そうした時期に、片山セミナーを受講し、内在していたものが引き出され、これまでの自分の行っていた医療活動での疑問に答えが見つかるかのような感銘を受けたのです。いわば、ふたを開けていただいたように思えます。ですから、もし片山先生に出会わなければ、これから提示するような症例にはならなかっただろうと思います。
 まだ、病変改善療法を一応終えたばかりの治療途中のケースですが、C.D.C.に片山セミナーを紹介した者として、現状を報告し、”歯科医療とは"を考える材料を提供することになれば幸いです。


◆症例

患者:S.23年生れ。女性。34歳。
初診::昭和58年5月30日。
前歯の痛みがひどく、噛み合せることができないという主訴で緊急来院。

コンポジット充填の影響から、歯髄壊疽.を起こしていた、上顎右側中切歯を応急処置。
これまでに、足かけ4年もの間、平均週2回程、歯周病の治療ということで通院。月の1/3近くは、床に伏すという虚弱体質のような状態でした。そのせいか、初診時は非常に暗い印象を受けました
 まず、毎日の歯みがきは、今までのみせかけのきれいさから脱するように、歯磨剤の使用停止、適切なブラッシング等、日常生活での適正な口腔の健康管理を実行してもらいながら、治療を進めていきました。




初診時口腔内

 プラークコントロールや歯石除去を難しくしている不適合修復物を修正、もしくは撤去することから始まり、見える範囲と手のとどく所までの除石は行いましたが、歯肉を開いて一度に全歯石を完全に除去するとか、いわゆるグレーシーキュレットを用いてのルートプレーニングなどは行っていません。
 そして、動揺についても、頬舌的な動揺があるかないか、加えて、歯軸方向の動揺があるかないかは診査しましたが個々の歯牙のいわゆる動揺度についての診査はしていません。ポケットの深さについても、プローべがどこまで入ってしまうか、患者さんには見ていただきましたが、ブリーデングインデッタスをとるようなプロービングは、あえていたしませんでした。
 プラー一ク・コントロールと、フィジオセラピーとしてのブラッシングを確実に施行していただきながら、処置が必要な根管の治療は行い、2ヶ月目に咀噛咬合圧の安定化を計るための咬合調整をかなり大胆に行いました。
 歯肉は、炎症状態からの改善が見られ上顎前歯舌側など初診時は、その炎症による腫脹のため、切歯乳頭の形態もほとんど埋れてしまっていたのが、数ヶ月でほぼ正常に、いわゆるブラッシングだけで回復してきました。
 下顎左側中切歯など、付着歯肉の幅が全く失われているので、以前であれば、ミューコ・ジンジバルサージェリーを行わなければならないところですが、ブラッシングを適切に励行することにより改善されてしまったかに見え、歯間離開のあったところも、歯肉の改善に続いて狭窄してきて、10ヶ月後には接触してしまいました。唇側転位していた歯牙も正常位置へと移動しています。
 つまり、ブラッシングにより炎症が改善されるにつれ、歯牙はかなり自己移動するということです。そして、1年後のX線写真でも、その骨の状態の改善が明らかに認められます。

 

 
 
初診時X線写真
 

 
右側下顎臼歯部にも問題となる所が多く、第2小臼歯の唇側転位は、ブラッシング、咬合調整、ウ蝕処置をかねての隣接部の改善により、かなり舌側転位しました。
 また、第1大臼歯は、エンド・ペリオの問題でかなり進行した状態を呈しており、特にX線により分岐部病変や近心根支持骨の喪失状態が認められました。以前であれば、当然のように抜歯をするか、または、近心根抜去という処置はまぬがれないケースでありますが、患者さんとの相談の上、あえて保存することにいたしました。
 根管治療とう蝕部の仮充損をしながらの適切なブラッシング、咬合調整で、舞踏状動揺も安定してきたので、アマルガムによりクラウン形態に修復し、カントァー、咀噛咬合面積の修正を行いました。遠心根周囲の骨は正常化し、近心根も改善の方向を呈しており、分岐部も安定してきています。
 隣接の第2・第3大臼歯は除石とう蝕部充損をして保存しました。以前であれば、第1・第3大臼歯抜去後、第2小臼歯と第2大臼歯を支台にしてのブリッジ作製というのが、一般的処置方針というところだったでしょう。
 右側上顎臼歯部についても同じく、多くの話題を含むところでありますが、第3大臼歯についてだけ説明します。舞踏状の動揺を呈し、根尖周囲に病変が認められて、しかも近心隣接歯顎部にう蝕があります。やはり、患者さんと相談の上、保存することにしました。しかし、治療のまずさからか、根充後、腫脹してきたため、自分の行った根管充損物を撤去して、急性炎症症状を鎮静させた後、ヨードホルム・水酸化カルシウムパスタを根管内と、根尖外とに充満させて、いわゆるアペシフィケーションを行いました。
 約3ヶ月後、根管内容物を撤去したところ、術前#40のKファイルは楽に通過する根尖孔が、#10ファイルでもストップされてしまう程の硬組織の存在が確認されました。
 あらためて、根充後、第2小臼歯からこの第3大臼歯までの4歯を銀合金を用いて、コアー・クラウンの形で連続永久固定を行いました。
 始めの根管治療を失敗し、炎症を鎮静させるにもかなり手こずった智歯なので、途中〔抜歯をしては〕との思いが頭をかすめましたが、患者さんに聞いてみると、「やはり自分の歯は大切にしたい」と言いますし、一生懸命自己管理しているその姿勢に教えられて、保存処置をしました。すると、その後、歯牙支持組織であるセメント質と思われるものの新生を確認しえたことは、この患者さんの生体としては〔保存してくださいよ〕ということの表われであって、それを炎症症状が進行しているからとか、治療しにくい歯牙だからとかいって、歯科医の物差しをあてがった、いわゆる戦略的抜去をしなくてよかったとつくづく感じさせられました。そして、その根尖周囲の病変は改善されながら消失の傾向にあります。
 この患者さんには、治療を進めていく間、療養日誌をつけていただきました。それによりますと、時には2時間の、普通30分から1時間のブラッシングをやっていただけたようです。私の方からは、「患者さん自身が納得するようにご自分での管理をしてください」と伝えただけであります。
 このように、患者さんと一緒になって、病因除去と病変組織改善療法を進めていったわけですが、危うい所も改善の傾向を呈してきました陰には、患者さんの想像を絶する〔自分の身体を健康にしよう〕とする自己努力があった故であり、それに応えるべく、生体にも自然良能が回復され、賦活されてきたのではないかと思います。
 私たちのこの生のからだの中には、生れながらにして自然良能が備っているのですが、その実在の確認に関しては、不幸にして、現在でもなお、量的質的に計測する方法がありません。それはあたかも、胸部X線を撮っても見えてこない、手術をして開いてみてもどこにも見つけられない"愛"しかし、皆の胸の中にら亭えをある"愛"という一世界に似ています。私達が歯科に応用している自然科学、特に機械技術的物質科学の世界では、測りきれない問題だと思っております。
 カレルが言うがごとく、人間はまだまだ未知なる存在です。そして、生きているということは変化し得るということです。(※1)
 松を見て「マツ」と意識するのは、すでに松と覚えていた条件反射による既成概念だという言葉も聴いたことがあります。
 炎症をもった歯肉をみて、「あっ、ペリオだ。○○しなければ….」と、やってしまう前に、白分が作り上げてしまった条件反射による既成概念にもう一度、目を向け直してみていただきたいと、思います。
 モダン・デンティストリーの世界でよく言われていることですが、私たちが日常歯科臨床を行っていくときの行動の規範として、"ゴールデン・ルール"があります。新約聖書マタイによる福音書7章12節「だから何事でも、人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」とか、ルカによる福音書6章3!節「何事でも、人々にしてほしいとあなたが望むことを、人々にもその通りにせよ」です。このルールに従って、自分にそうしてほしいからこそ、患者さんにもそうするんだ、という”そうしてほしい"というところの既成概念をもう一度ふり返ってほしいと思います。
 どうもご清聴ありがとうございました。

※1:カレル:ノーベル生理学・医学賞を受けた。
   ”L'homme-cet Inconnu”(人間-この未知なるもの)の著者。
著者注:この症例の術後写真は歯界展望3月号に掲載予定です。


<質疑応答>

質問ポケットが何mm以Lであれば、この歯は抜髄した方が良いとか、先生の場合はどういうふうにお考えでしょうか。
藤巻 ポケットの深さとの関係ではないと思います。

質問 具体的には、どんなふうに?
藤巻 自分自身が臨床の中からあみ出したことではないのですが、片山歯研セミナーで、片山先生は「骨の3分の2以上吸収されているものに関しては、以前は抜歯の適応症だと言われていましたが、抜歯するのではなく、場合によっては、抜髄の適応症として扱うことがある」ということでした。そういうことを、自分も真似させていただけたらと思っています。

質問 さきほどの咬合調整では、かなり削っていましたが、何mmぐらい削られましたか。
藤巻 必要なところまでということで、特に意識しているのは、咬合面のハーモナイズということと、側方運動のクリアランスということでやっているわけです。時には、かなりの幅をとります。たとえば、場合によっては歯冠の%まで落とすこともあります。

質問 一気には削らないわけですね。
藤巻 一気に削ることもあります.。しかし、プラークコントロールだとか、フィジオセラピーなど、いろいろなことをやりながら、今の段階ではこの状態かなと確認しながら行います。

質問 大変素晴らしいと、思ったのですが、もしこの患者さんが、ブラッシング−普通1時間、多い時は2時間ということですが−それは患者さんと先生のコミュニケーションがとてもうまくできていて、ついてこられた場合だと思います。
 たまたま、患者さんがそれだけやらない、またはできない場合はどのような処置をとられますか。
藤巻 できるように努力したいと思います。どうしてもできなければ、このような処置は行われていかないと思います。

質問 そうすると、何も処置しないということですか。
藤巻 さて、それはわかりません。患者さんの選択ですので−。

質問 その辺のところをもう少し詳しく説明していただけませんか。
藤巻 まず、患者さんがご自分で自分を健康にしようとするのか、その努力を自分が喜びをもってしていこうとするのか−その準備ができあがるかどうかは、確かにドクターの責任です。ですから、医療者その人が患者さんという人に行動させるときのモチーフになりきれたかどうかを、自分が自分に問いかけます。患者さんは患者さんで、たぶん問いかけてくれるだろうと思っています。そして、そういうなかで葛藤が行われるんですね。だから、患者さんに「あなたがここまでしなければ私はしません」というようなことは言いません。どうしてして下さらないのかを私の問題としてとらえます。私が、自分自身に対してやるわけです。先ほど鈴木先生が、自分自身は、10分以上したことがないとおっしゃっていましたが、私は時には1時間でも2時間でもすることがあります。





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