
初診時口腔内
プラークコントロールや歯石除去を難しくしている不適合修復物を修正、もしくは撤去することから始まり、見える範囲と手のとどく所までの除石は行いましたが、歯肉を開いて一度に全歯石を完全に除去するとか、いわゆるグレーシーキュレットを用いてのルートプレーニングなどは行っていません。
そして、動揺についても、頬舌的な動揺があるかないか、加えて、歯軸方向の動揺があるかないかは診査しましたが個々の歯牙のいわゆる動揺度についての診査はしていません。ポケットの深さについても、プローべがどこまで入ってしまうか、患者さんには見ていただきましたが、ブリーデングインデッタスをとるようなプロービングは、あえていたしませんでした。
プラー一ク・コントロールと、フィジオセラピーとしてのブラッシングを確実に施行していただきながら、処置が必要な根管の治療は行い、2ヶ月目に咀噛咬合圧の安定化を計るための咬合調整をかなり大胆に行いました。
歯肉は、炎症状態からの改善が見られ上顎前歯舌側など初診時は、その炎症による腫脹のため、切歯乳頭の形態もほとんど埋れてしまっていたのが、数ヶ月でほぼ正常に、いわゆるブラッシングだけで回復してきました。
下顎左側中切歯など、付着歯肉の幅が全く失われているので、以前であれば、ミューコ・ジンジバルサージェリーを行わなければならないところですが、ブラッシングを適切に励行することにより改善されてしまったかに見え、歯間離開のあったところも、歯肉の改善に続いて狭窄してきて、10ヶ月後には接触してしまいました。唇側転位していた歯牙も正常位置へと移動しています。
つまり、ブラッシングにより炎症が改善されるにつれ、歯牙はかなり自己移動するということです。そして、1年後のX線写真でも、その骨の状態の改善が明らかに認められます。

初診時X線写真
右側下顎臼歯部にも問題となる所が多く、第2小臼歯の唇側転位は、ブラッシング、咬合調整、ウ蝕処置をかねての隣接部の改善により、かなり舌側転位しました。
また、第1大臼歯は、エンド・ペリオの問題でかなり進行した状態を呈しており、特にX線により分岐部病変や近心根支持骨の喪失状態が認められました。以前であれば、当然のように抜歯をするか、または、近心根抜去という処置はまぬがれないケースでありますが、患者さんとの相談の上、あえて保存することにいたしました。
根管治療とう蝕部の仮充損をしながらの適切なブラッシング、咬合調整で、舞踏状動揺も安定してきたので、アマルガムによりクラウン形態に修復し、カントァー、咀噛咬合面積の修正を行いました。遠心根周囲の骨は正常化し、近心根も改善の方向を呈しており、分岐部も安定してきています。
隣接の第2・第3大臼歯は除石とう蝕部充損をして保存しました。以前であれば、第1・第3大臼歯抜去後、第2小臼歯と第2大臼歯を支台にしてのブリッジ作製というのが、一般的処置方針というところだったでしょう。
右側上顎臼歯部についても同じく、多くの話題を含むところでありますが、第3大臼歯についてだけ説明します。舞踏状の動揺を呈し、根尖周囲に病変が認められて、しかも近心隣接歯顎部にう蝕があります。やはり、患者さんと相談の上、保存することにしました。しかし、治療のまずさからか、根充後、腫脹してきたため、自分の行った根管充損物を撤去して、急性炎症症状を鎮静させた後、ヨードホルム・水酸化カルシウムパスタを根管内と、根尖外とに充満させて、いわゆるアペシフィケーションを行いました。
約3ヶ月後、根管内容物を撤去したところ、術前#40のKファイルは楽に通過する根尖孔が、#10ファイルでもストップされてしまう程の硬組織の存在が確認されました。
あらためて、根充後、第2小臼歯からこの第3大臼歯までの4歯を銀合金を用いて、コアー・クラウンの形で連続永久固定を行いました。
始めの根管治療を失敗し、炎症を鎮静させるにもかなり手こずった智歯なので、途中〔抜歯をしては〕との思いが頭をかすめましたが、患者さんに聞いてみると、「やはり自分の歯は大切にしたい」と言いますし、一生懸命自己管理しているその姿勢に教えられて、保存処置をしました。すると、その後、歯牙支持組織であるセメント質と思われるものの新生を確認しえたことは、この患者さんの生体としては〔保存してくださいよ〕ということの表われであって、それを炎症症状が進行しているからとか、治療しにくい歯牙だからとかいって、歯科医の物差しをあてがった、いわゆる戦略的抜去をしなくてよかったとつくづく感じさせられました。そして、その根尖周囲の病変は改善されながら消失の傾向にあります。
この患者さんには、治療を進めていく間、療養日誌をつけていただきました。それによりますと、時には2時間の、普通30分から1時間のブラッシングをやっていただけたようです。私の方からは、「患者さん自身が納得するようにご自分での管理をしてください」と伝えただけであります。
このように、患者さんと一緒になって、病因除去と病変組織改善療法を進めていったわけですが、危うい所も改善の傾向を呈してきました陰には、患者さんの想像を絶する〔自分の身体を健康にしよう〕とする自己努力があった故であり、それに応えるべく、生体にも自然良能が回復され、賦活されてきたのではないかと思います。
私たちのこの生のからだの中には、生れながらにして自然良能が備っているのですが、その実在の確認に関しては、不幸にして、現在でもなお、量的質的に計測する方法がありません。それはあたかも、胸部X線を撮っても見えてこない、手術をして開いてみてもどこにも見つけられない"愛"しかし、皆の胸の中にら亭えをある"愛"という一世界に似ています。私達が歯科に応用している自然科学、特に機械技術的物質科学の世界では、測りきれない問題だと思っております。
カレルが言うがごとく、人間はまだまだ未知なる存在です。そして、生きているということは変化し得るということです。(※1)
松を見て「マツ」と意識するのは、すでに松と覚えていた条件反射による既成概念だという言葉も聴いたことがあります。
炎症をもった歯肉をみて、「あっ、ペリオだ。○○しなければ….」と、やってしまう前に、白分が作り上げてしまった条件反射による既成概念にもう一度、目を向け直してみていただきたいと、思います。
モダン・デンティストリーの世界でよく言われていることですが、私たちが日常歯科臨床を行っていくときの行動の規範として、"ゴールデン・ルール"があります。新約聖書マタイによる福音書7章12節「だから何事でも、人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」とか、ルカによる福音書6章3!節「何事でも、人々にしてほしいとあなたが望むことを、人々にもその通りにせよ」です。このルールに従って、自分にそうしてほしいからこそ、患者さんにもそうするんだ、という”そうしてほしい"というところの既成概念をもう一度ふり返ってほしいと思います。
どうもご清聴ありがとうございました。
※1:カレル:ノーベル生理学・医学賞を受けた。
”L'homme-cet Inconnu”(人間-この未知なるもの)の著者。
著者注:この症例の術後写真は歯界展望3月号に掲載予定です。
<質疑応答>
質問ポケットが何mm以Lであれば、この歯は抜髄した方が良いとか、先生の場合はどういうふうにお考えでしょうか。
藤巻 ポケットの深さとの関係ではないと思います。
質問 具体的には、どんなふうに?
藤巻 自分自身が臨床の中からあみ出したことではないのですが、片山歯研セミナーで、片山先生は「骨の3分の2以上吸収されているものに関しては、以前は抜歯の適応症だと言われていましたが、抜歯するのではなく、場合によっては、抜髄の適応症として扱うことがある」ということでした。そういうことを、自分も真似させていただけたらと思っています。
質問 さきほどの咬合調整では、かなり削っていましたが、何mmぐらい削られましたか。
藤巻 必要なところまでということで、特に意識しているのは、咬合面のハーモナイズということと、側方運動のクリアランスということでやっているわけです。時には、かなりの幅をとります。たとえば、場合によっては歯冠の%まで落とすこともあります。
質問 一気には削らないわけですね。
藤巻 一気に削ることもあります.。しかし、プラークコントロールだとか、フィジオセラピーなど、いろいろなことをやりながら、今の段階ではこの状態かなと確認しながら行います。
質問 大変素晴らしいと、思ったのですが、もしこの患者さんが、ブラッシング−普通1時間、多い時は2時間ということですが−それは患者さんと先生のコミュニケーションがとてもうまくできていて、ついてこられた場合だと思います。
たまたま、患者さんがそれだけやらない、またはできない場合はどのような処置をとられますか。
藤巻 できるように努力したいと思います。どうしてもできなければ、このような処置は行われていかないと思います。
質問 そうすると、何も処置しないということですか。
藤巻 さて、それはわかりません。患者さんの選択ですので−。
質問 その辺のところをもう少し詳しく説明していただけませんか。
藤巻 まず、患者さんがご自分で自分を健康にしようとするのか、その努力を自分が喜びをもってしていこうとするのか−その準備ができあがるかどうかは、確かにドクターの責任です。ですから、医療者その人が患者さんという人に行動させるときのモチーフになりきれたかどうかを、自分が自分に問いかけます。患者さんは患者さんで、たぶん問いかけてくれるだろうと思っています。そして、そういうなかで葛藤が行われるんですね。だから、患者さんに「あなたがここまでしなければ私はしません」というようなことは言いません。どうしてして下さらないのかを私の問題としてとらえます。私が、自分自身に対してやるわけです。先ほど鈴木先生が、自分自身は、10分以上したことがないとおっしゃっていましたが、私は時には1時間でも2時間でもすることがあります。